2006/12/31

2006年 読書暦

099・ちいさなちいさな王様
098・ハリガネムシ
097・刑事コロンボ 死者のメッセージ
096・日出る国の工場
095・樂毅 第四巻
094・ぼくが電話をかけている場所
093・樂毅 第三巻
092・樂毅 第二巻
091・樂毅 第一巻
090・カンガルー日和
089・三国志 第四巻
088・羊男のクリスマス
087・熱帯魚
086・ゆれる
085・百人の王様
084・ウォーク・ドント・ラン
083・Sydney !
082・思いがけない贈り物
081・翻訳夜話
080・マイ・ロスト・シティー
079・パレード
078・Route88
077・神の子どもたちはみな踊る
076・ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編
075・沙中の回廊〈下〉
074・沙中の回廊〈上〉
073・長く素晴らしく憂鬱な一日
072・ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編
071・ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編
070・ダライ・ラマとパンチェン・ラマ
069・国境の南、太陽の西
068・小説家
067・天空の舟 下巻
066・天空の舟 上巻
065・森と氷河と鯨
064・松本坊主
063・夢で会いましょう
062・山岡宗八全集 35
061・山岡宗八全集 34
060・暗いところで待ち合わせ
059・夕暮まで
058・回転木馬のデッドヒート
057・陰日向に咲く
056・侠骨記
055・THE MASK CLUB
054・日曜日たち
053・最後の夏 1991
052・村上春樹、河合隼雄に会いにいく
051・道頓堀川
050・世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉
049・世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)
048・パズル・パレス(下)
047・孟夏の太陽
046・カラフル
045・SUDDEN FICTION
044・史記の風景
043・中国行きのスロー・ボート
042・LIKE A ROLLING STONE
041・パズル・パレス(上)
040・屈辱ポンチ
039・キャパ その死
038・TVピープル
037・山岡荘八全集 33
036・最後の息子
035・キャパ その戦い
034・さらば国分寺書店のオババ
033・蛍川・泥の河
032・1973年のピンボール
031・夏姫春秋 下巻
030・夏姫春秋 上巻
029・キャパ その青春
028・ランゲルハンス島の午後
027・ナラタージュ
026・草の花
025・刑事コロンボ 自縛の紐
024・羊をめぐる冒険(下)
023・マークスの山
022・TOKYO OMNIBUS 
021・羊をめぐる冒険(上)
020・空港にて
019・晏子-下
018・写真展に行って来ました
017・グレート・ギャッツビー
016・村上龍料理小説集
015・晏子-中
014・パークライフ
013・晏子-上
012・犬の人生
011・塩狩峠
010・私物国家―日本の黒幕の系図
009・山岡荘八全集 32
008・対談集 日本人への遺言
007・河童・或る阿呆の一生 他
006・「象の消滅」 短篇選集 1980-1991
005・心の砂時計
004・東京漂流
003・ワイン一杯だけの真実
002・Kyoko
001・われらの時代・男だけの世界

2006/10/28

★ザ・クロマニヨンズ出現!


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音楽と人 2006年 09月号 [雑誌]
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ザ・クロマニヨンズ出現!

【…ステージへの階段の下で、4人横並びで待っている。それぞれのテンションを高めている。しかし。ヒロトとマーシーを呼ぶ声が客席から聞こえると
シークレット…じゃないじゃん 
と苦笑い】(雑誌記事より)

2006/10/18

ストロベリーショートケイクス


2005(日本)
公開日: 2006年9月23日
人恋しくて寂しくて…それでも彼女たちは生きてゆく

漫画家・魚喃キリコ「strawberry shortcakes」を映画化したもの。

『R15』指定。

 僕自身は魚喃キリコさんの名前は知っていたけれど漫画は読んだことが無くて原作とかとの比較無しに映画を楽しめた。

2006/08/21

【小林紀晴】「最後の夏 1991」


 1991年。著者小林紀晴さんは3年間務めた会社を辞めてアジアへ旅立だった。そこには明確な目的も何もなかったけれど一つだけ確かな強い想いがあったようだ。

 会社を辞めることを決め、アジアへ旅立つ前の短い短い1991年の夏の記録。

 自分が何者でもないことに気付き、自分の居場所さえよくわからない。ここではないどこかへ行くことで何かがどうにかなるとは思わないけれど・・・でも、ここではないってことは強く強く感じる。旅立つ前の短い季節に凝縮された様々な思いがなんとなく切ない。

2006/07/02

屈辱ポンチ(和書)

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二編収録
・けものがれ、俺らの猿と
・屈辱ポンチ
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 映画と原作の影響もあって
「サシはさぁー・・・」
 っていう台詞が頭から離れない・・・。

授業中に隠れて初めて『稲中卓球部』を読んでしまった笑撃に似ている。
僕の顔は満員電車の中で変にひきつった。

 本編のあとに収められている保坂一志氏の【解説】によると町田康の小説を「面白い」と言うような人は(僕のことだ)ある部分で・・・主人公のことを本当の意味で理解できてないし、そんな読者は(僕のことだ)社会的根性が足りないらしい。

 簡単に言うと『読者として未熟』だそうだ。
 僕のことだ。

2006/06/25

(本)【キャパ その死】

「その青春」
「その戦い」
につづく三部作の完結編。
 キャパの30歳から死に至る10年間の記録。

 訳者が沢木耕太郎氏ということの影響もあるけれど僕もこの三部作ですっかりキャパに魅せられた。

 キャパという人間はいつ、どんな時でも、どんな場所でも、勿論それは生死が隣り合わせの戦場でさえも人々を魅了したようだ。
 面白いエピソードがあった。
【・・・・人は彼を許してしまうだけでなく《前の晩に二百ドル貸し、彼がカンヌのカジノで簡単にすってしまうと、その穴を埋めるための二百ドルをまた新しく貸してしまう》のだった】(本文より)

 第二次大戦が終わり、富と名声を手に入れると同時にキャパは目的を失い、道に迷うことになる。そんな悲劇的な後半生の中で彼が訪れたのは極東の国、日本だった。

 彼はそこから再び戦場に戻っていく。

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著 者 Richard Whelan
訳 者 沢木耕太郎
書 名 キャパ その死(2004年05月10日)
出版社 文春文庫
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2006/06/05

 蛍飛んでるよね~。

今週が見頃らしいよ。一緒に散歩しながら見れたらいいのにな。

2006/06/02

(本)【キャパ その戦い】

羨ましいことに記者さんたちはまったく見たことがなくても戦闘記事を書けるけど、哀れなキャパは写真を撮るためには頭を撃たれる危険を冒さなければならないのさ】(本文より)

 ハンガリー生まれの『エンドレ・フリードマン』という無名の若者が、スペイン内戦や日中戦争、第二次世界大戦を通して、『ロバート・キャパ』という戦争写真家として有名になっていくプロセスが描かれる。


【人生はひどく馬鹿げている。少しぐらい細部を変えて悪いことがあろうか】


 とキャパは言っているらしい。この本は伝説的な写真家になったキャパを著者のリチャード・ウィーランが執拗なまでに詳細に調べ上げ、キャパの言動、写真に関するエピソードなど、あらゆる矛盾の検証を行いながらキャパの一生を追う物語になっている。
(さらにその検証を訳者の沢木耕太郎氏が行っていて、巻末の訳者の検証も面白い。)

 キャパの語ってきた冗談や嘘は嫌いだけれど、それでも著者のリチャード・ウィーランもキャパに魅せられ、キャパののことが大好きなんだろうなぁ・・・と、読んでいてそんな気がした。

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著 者 Richard Whelan
訳 者 沢木耕太郎
書 名 キャパ その戦い(2004年04月10日)
出版社 文春文庫
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2006/05/14

春の旅 2日目

国道20号線

 環状7号線から国道20号線にうつって尿意を感じながら走行していたら中央自動車道にのるタイミングを失ってしまいそのまま国道20号線をずっと走ることになった。途中から中央自動車道にのるのも面倒だったし明確な目的も時間的な制約も特に無いドライブだったので並木通りの綺麗な甲州街道を走ったことでそのまま下の道で走ることを決めた。

僕は最近本を読んでその存在が急に大きくなった北岳を目標にして、友人は寂れたパチンコ屋を目指して車を走らせた。

国道20号線をただただ走った。
東京都を越えて神奈川県をかすって山梨県を越えて最終的には長野県の諏訪湖まで足を運んだ。

始めて見る諏訪湖は大きかった。

もう陽が暮れ始めていた頃に到着して、僕達はタイミング良く空いた駐車場に車を突っ込んで諏訪湖の周りを少し歩いた。湖畔によって写真を何枚か撮っていたら魚が何匹もうちあげられていてその数が意外に多かったのが気持ち悪くて僕達はそれ以上の諏訪湖散策を諦めて宿を探しに車に戻った。


国道20号線をずっとずっと走ろうとも思ったけれど、泊まるところも決まってないし月曜の仕事を考えるとあまり遠くへ行き過ぎても…と考えて僕達は来た道を引き返した。


僕達は諏訪の隣の茅野市にあるビジネスホテルにチェックインをした。夕食を食べた後、友人は近くのパチンコ屋に出掛けて僕は玉突きでもして時間を潰そうと近くのボーリング場に出掛けた。ボーリング場は地元の人達で結構賑わっていた。玉突き台は2台しかなくどっちも埋まっていたので僕は諦めてホテルに帰った。


日曜日の朝は曇り空ではあったけれどホテルの522号室のベランダからは八ヶ岳が見えた。


茅野市の標高は767Mもあることを町境の看板が知らせていたことを思い出した。僕が住んでいる千葉県の観光地の鋸山は山って呼ばれているのに標高が300Mぐらいしかない。それはなんか不思議な気がした。


帰り道は一応、北岳を目指した。


果物や武田信玄や温泉を目的にして山梨に来た事は何度かあったけれど、山を意識して訪れたのは初めての事だった。自然と地図や標識に書かれた標高にも注意がいってしまった。


国道20号線からは何度も標高日本一の富士山の姿を見ることが出来たが、日本で2番目の標高を持つ北岳は結局一度もその姿を肉眼で見ることは出来なかった。北岳の周りには標高2000Mを超える山々が幾重に重なって点在していてそれが壁となってしまっていた。


僕達は国道20号線を外れて県道を通って麓の芦安村まで車を走らせた。南アルプスへの玄関口となる夜叉神峠は冬季閉鎖されていた。


「昨日は雪がふったみたいだけれど、今日はどうかしらね」
「ここに行けば、映像で夜叉神からの様子が見えるから」

途中で寄った旅館の女将さんがそう言って、「芦安山岳館」のチケットをくれた。


僕達は山岳館に足を運んだけれど残念ながら天候は悪くて雨もぱらついたりして北岳の姿を見ることは出来なかった。展示された写真や映像と満開の桜を堪能して僕達は芦安村を後に帰路についた。


帰りも同じように東京まで下道、国道20号線を走った。

八王子を過ぎて新宿に近づくと僕達は首都高にのって湾岸を通って帰った。山ばかりを見ながら過ごした2日間の後の都心のビルの夜景はちょっと新鮮だった。

2006/05/13

デッサンの本質をついたエピソード


どんな些細な事でもやっぱり継続していくことが大事らしい。でもなかなかそうはいかない。

 今日は予約してしまった時間は無駄には出来ないと微熱、咳、鼻水付の状態のまま外出してデッサン教室に足を運んだ。

 
 予約の時間を間違えていて1時間前に到着。
 珈琲とパンをかじりながらデッサン関係の本を読んだ。

【色彩論で有名な「ヨハネス・イッテン」のエピソード】
 イッテンがデザインのモチーフにレモンを1個持ってきたら学生たちが
「レモンなんかよりもっと興味深いモチーフを出してくれ」
と抗議をしたそうです。
 するとイッテンは…

「いいえ、レモンの形を描くのではなくレモンの味を描いて下さい」

 と言ったそうです。さらに

「君たちは芸術を仕事にしようとしている以上形あるものは描けて当然です。学習の鍛錬はそれを通してその物をどのように表現するかを考える所から始まるのです。」

 と言ったそうです。

 どうやら、その本が言うには、これこそ
『デッサンの本質をついたエピソード』

 僕はイッテンっていう人の言葉をメモした。
 どうやらデッサンっていうのは終わりのないとんでもない世界らしい。

 僕の今月の残り時間は3時間。ミケランジェロの何処まで描けるのかはわからない。たぶん形を追うので精一杯だ。

  一度、レモンの味まで描かれたデッサンを見てみたい。

春の旅 1日目


 トイレ休憩に立ち寄ったパチンコ屋、「パーラーセブン大月」で2000円だけ友人のスロットに付き合った。友人はドライヴ中、トイレ休憩にパチンコ屋を使う。そして「使用料・・・」と言っていつも少しだけ打つ。

 僕がやったスロットは「硬派一心・鬼浜爆走愚連隊」っていう台だった。

僕の100枚のメダルは何回か増えたりもしたけれどあっという間に消えてしまった。スロットの面白さはわからないこともないけれど、たぶん僕は冒険的な投資への勇気が足りないようだ。 

【山梨日日新聞】

 友人がスロットを続けている間、僕は片隅のソファに座って山梨日日新聞を読んだ。新聞の1面には平行線を辿る竹島問題があって『風林火山』っていう編集コラムみたいな欄には、伝統ある甲府城の石垣に刻まれた「○○大好き」とか卑猥な言葉の落書きと盗まれ続ける石垣への嘆きが書かれてあった。
 先人の遺産を大切に後世に伝える意識が根付いていないことが残念であると書かれていた。
 山梨経済の一面では県内での出店が2店舗目となる『無印良品』が富士吉田市上吉田の専門複合施設「Q-ST」3階にオープンしたことを伝えていた。
 社会面では木村建設の耐震偽造問題と一緒に
「甲府市徳行1ノ13、平岩謙さん経営のセブンイレブンに刃物男が強盗に入って7万600円を奪って逃走・・・」
 というような記事が載っていた。新聞は続けて、市道を挟んだ東北側に駐在所があったけれど職員は休みで不在だったということ、県内で多発するコンビニを狙った強盗事件は未遂を含めて今年に入って既に12件になったと伝えていた。
 「無印良品」のオープンが広告ではなくて経済面で扱われていることやコンビに強盗の決して多くは無い7万600円という金額と住所と店長までを記した詳細な記事に少し驚いたし、歴史的遺産に限らず随所で見られる相合傘の落書きや平気で石垣を盗んでしまうような国民性と竹島問題とかでアジア諸国とうまくいかない国民性がなんだか妙にしっくりときた。残念だけど繋がってるように感じた。

 新聞を読んでいた僕の前には2万2000円と「柿の種」を景品で貰った友人が戻ってきた。 友人は1000円札を次々とメダルに変えて最終的には8000円を投資した。

 友人は地方の少し錆びれたパチンコ屋に残された古い台を目指して、僕は今まで見たことがなかった南アルプス北岳を目指した。

 10年前、車に乗り出したばかりの友人が買ったボロボロの地図帳を頼りに僕らは交代で車を走らせた。

<!-- 京

2006/05/09

(本)【キャパ-その青春】

【僕は新しい名前を使って仕事をしています。
 ロバート・キャパ、というんです。
 僕は生まれ変わったのかもしれません。
 でも、
 今度の出産には、誰の苦痛も必要としませんでした】(本文より)

1913年ブダペストで生まれた本名、エンドレ・エルネー・フリードマンは一枚の写真でその名を世界に知られ伝説の人となる。

翻訳は何と沢木耕太郎!!
文末におさめられている「原注、訳注、雑記」がいい。
訳者自身の言葉や思いを垣間見ることが出来るのは読んでいて楽しい。

『…キャパの魅力は、一台のカメラを持っただけで、「自分はもうカメラマンなのだ」と思い込んでしまう楽天性にある。そうなのだ、おそらく誰でもカメラを一台持てばカメラマンになれるのだ。鉛筆を持てば画家だし、ペンを握れば作家になれる。しかし。問題は「なる」ことではなく、「ありつづける」ということの中にある。』
(本文より)

 ふーむ。

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著 者 Richard Whelan
訳 者 沢木耕太郎
書 名 キャパ その青春(2004年03月10日)
出版社 文春文庫
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2006/04/19

豚王の最期

 『MOTHER 3』というゲームソフトが発売される。


 僕が自分で買って攻略本とかもないままに自分の力だけで時間を作ってクリアーしたゲームは『MOTHER 2』が最後だった。

 『MOTHER』は僕にとってはゲームを卒業することになった最後のソフトで(それはいつのことだったか、たぶん小学生か中学生の頃だと思うんだけれど)『MOTHER』と『MOTHER2』、真っ赤な箱の2つのソフトは今でも大事に新品みたいな状態のままクローゼットの中の引き出しの中に入っている。

 細かな心境の詳細を思い出すことを今は出来ないけれど、僕はMOTHERを終えてゲームを止めようと思ったのを覚えてる。そして、もし続編が出るのなら続編だけはやってみようと思った。だから家にスパーファミコンがあっても僕が買ったソフトは『MOTHER2』1本だけだった。


 MOTHER3の発売の噂を聞いて開発中止の噂を聞いたのは何時だったのか、これも正確な時期は忘れてしまったけれど、開発中止になった経緯を説明する糸井重里氏、岩田聡氏、宮本茂氏の座談会の長い長い長い記事を一生懸命、丁寧に何度か読んだのを覚えてる。
 作りかけの、途中までのMOTHERでいいからやってみたいと、ゲームから離れていた僕は思ったのも覚えている。

 僕は、紆余曲折を経て今・・・ゲームと、とても近いところにいる。
 明日、紆余曲折を経て『MOTHER 3』が発売される。
 

 今日、久しぶりに数年振りに開発が中止になった『MOTHER3 豚王の最期』のゲーム画面を見た。遊べなかった残念さはやっぱりあるけれど、開発が中止になって、今回のようなドット?でのソフトになってよかったなぁと思った。


MOTHER3 待っていてくださった皆様へ

MOTHER3 の気持ち

2006/03/12

【DIVING】Great Barrier Reef

PADI
padi.com

Certificate of Recognition

Congratulations on completion of your 
Discover Scuba Diving 
with 
Reef Quest
Great Barrier Reef 

NOBUKO
PADI PROFESSIONAL

03.12.06
Date


No.31635

ありがとう
ございました‼︎
3本潜りましたネ‼︎
次は、是非ライセンス
取りに来て下さい‼︎




2006/01/14

広尾にて、「いま、ここは、どこでもなく」


 霞ヶ関で日比谷線に乗り換えた。
神谷町、六本木を過ぎて三つ目の広尾で下車。西麻布方面の改札に向かってホームを歩いて運賃の乗り越し精算を済ませて3番出口の狭い階段を登った。
外は雨脚が強くなりはじめていて3番出口の小さな屋根の下には傘についた滴をはらって傘をしまったりする人、折りたたみ傘をバッグから取り出して開いたりする人、雨宿りをする人などで混雑していた。僕はバッグからプリントアウトしてきた小さな地図を取り出して外苑西通りの狭い歩道を天現寺橋方向へ歩き出した。左手に中古屋で買ったLDBOXを持って、右手で傘を差して歩いた。雨はどんどん強くなっていって靴の中が濡れてしまった。
地図にはコインパーキングのある通りを曲がるように案内されていたのだけれど目印のコインパーキングはマンションの建設工事の陰に隠れて見えにくくなってしまっていた。僕は別のコインパーキングを勘違いして曲がってしまっていて目的地を見失った。
強い雨のせいもあって人通りは少ない。住宅やマンションの間、間に小さな喫茶店やレストラン、それに美容室が沢山あってどこも見慣れたチェーン店の看板ではないところが、目の前に見える風景を新鮮にしていたように思う。
しばらく歩くと大きな通りに出て有栖川記念公園にたどり着いた。大きな公園は僕の持っていた地図にも載っていたのでそこからもう一度歩き始めて目的地に向かった。

Kisei Kobayashi Exhibition 

2005.12.16 tue - 2006.01.22 sun




小さな写真展だった。美大生とかがギャラリーを借りて作品を展示するようなそんな感じだった。

受付の人もいなくてお客さんは僕一人だった。

少ない写真の中にも感じることは沢山あった。もっと見てみたいと思ったし、これから先のことを思ったりもした。ギャラリーの外の屋根の下に置かれた革張りのソファーに腰掛けて、テーブルに無造作に置かれたファイルをめくって今回の写真展の紹介文を読んだ。写真展にタイトルがあることを知った。
夏に長野県で行われた写真展を東京に引っ張ってきただけだと勝手に思い込んでいたから、タイトルがついていることを知って少し驚いた。

「いま、ここは、どこでもなく」
EMON PHOTO GALLERY・広尾

「ニューヨークで体験した大きな事件は僕自身を変化させました。 それまで目を向けなかったものたちが気になり始め、それらをいとおしく感じ、 美しいものを、できるだけ美しく撮りたいと強く思うようになりました。 2005.11 小林紀晴

2000年より1年2ヶ月ニューヨークに在住。あの9.11によって、小林紀晴の感情に 大きな変化をもたらすことになる。未発表作品20余点と本人の文章を織り交ぜて展示。」

雨脚はどんどん強くなっていって、雨の音を聞きながらぼんやりと屋外のソファからガラス越しにギャラリーの中の写真をしばらく見ていた。
4人組のお客さんたちが新しく入ってきたのを潮に帰路に着いた。
広尾駅への帰り道、工事中で見えなかったコインパーキングを見つけた。その道は住宅街の裏路地のように小さく狭かった。マンション工事がやっていなくてすごく天気のいい晴れた昼下がりでも見過ごしてしまいそうな所だった。

黄色いパッケージの牛乳

 「 黄色いパッケージの牛乳」を子供たちが好んで飲んでいました。しかし、2024年05月のある日、買えなくなりました。「黄色いパッケージの牛乳」を取り扱っていたお店の牛乳が別のメーカーに替わってしまっていました。従業員に尋ねると「取り扱う商品が替わったので、今までの牛乳は入荷され...