霞ヶ関で日比谷線に乗り換えた。
神谷町、六本木を過ぎて三つ目の広尾で下車。西麻布方面の改札に向かってホームを歩いて運賃の乗り越し精算を済ませて3番出口の狭い階段を登った。
外は雨脚が強くなりはじめていて3番出口の小さな屋根の下には傘についた滴をはらって傘をしまったりする人、折りたたみ傘をバッグから取り出して開いたりする人、雨宿りをする人などで混雑していた。僕はバッグからプリントアウトしてきた小さな地図を取り出して外苑西通りの狭い歩道を天現寺橋方向へ歩き出した。左手に中古屋で買ったLDBOXを持って、右手で傘を差して歩いた。雨はどんどん強くなっていって靴の中が濡れてしまった。
地図にはコインパーキングのある通りを曲がるように案内されていたのだけれど目印のコインパーキングはマンションの建設工事の陰に隠れて見えにくくなってしまっていた。僕は別のコインパーキングを勘違いして曲がってしまっていて目的地を見失った。
強い雨のせいもあって人通りは少ない。住宅やマンションの間、間に小さな喫茶店やレストラン、それに美容室が沢山あってどこも見慣れたチェーン店の看板ではないところが、目の前に見える風景を新鮮にしていたように思う。
しばらく歩くと大きな通りに出て有栖川記念公園にたどり着いた。大きな公園は僕の持っていた地図にも載っていたのでそこからもう一度歩き始めて目的地に向かった。
Kisei Kobayashi Exhibition
2005.12.16 tue - 2006.01.22 sun
小さな写真展だった。美大生とかがギャラリーを借りて作品を展示するようなそんな感じだった。
受付の人もいなくてお客さんは僕一人だった。
少ない写真の中にも感じることは沢山あった。もっと見てみたいと思ったし、これから先のことを思ったりもした。ギャラリーの外の屋根の下に置かれた革張りのソファーに腰掛けて、テーブルに無造作に置かれたファイルをめくって今回の写真展の紹介文を読んだ。写真展にタイトルがあることを知った。
夏に長野県で行われた写真展を東京に引っ張ってきただけだと勝手に思い込んでいたから、タイトルがついていることを知って少し驚いた。
「いま、ここは、どこでもなく」
EMON PHOTO GALLERY・広尾
「ニューヨークで体験した大きな事件は僕自身を変化させました。 それまで目を向けなかったものたちが気になり始め、それらをいとおしく感じ、 美しいものを、できるだけ美しく撮りたいと強く思うようになりました。 2005.11 小林紀晴
2000年より1年2ヶ月ニューヨークに在住。あの9.11によって、小林紀晴の感情に 大きな変化をもたらすことになる。未発表作品20余点と本人の文章を織り交ぜて展示。」
雨脚はどんどん強くなっていって、雨の音を聞きながらぼんやりと屋外のソファからガラス越しにギャラリーの中の写真をしばらく見ていた。
4人組のお客さんたちが新しく入ってきたのを潮に帰路に着いた。
広尾駅への帰り道、工事中で見えなかったコインパーキングを見つけた。その道は住宅街の裏路地のように小さく狭かった。マンション工事がやっていなくてすごく天気のいい晴れた昼下がりでも見過ごしてしまいそうな所だった。


